2011年06月14日

デトックス祝詞

『六根清浄(ろっこんしょうじょう)』とは、
簡単に言うと、
人間に具わった・・・・・

● 視覚
● 聴覚
● 嗅覚
● 味覚
● 触覚


・・・・・の5感と、

● 意識

・・・・・の合わせて6つの働きを
清浄にする、デトックス、クリーニングすることを意味する・・・・・

『仏教用語』

・・・・・です。

さらに日本では、
この概念は仏教だけにとどまらず、
神道の・・・・・

『禊ぎ』
『祓い』


・・・・・の思想とも深く結びついて、
神仏習合
独自の『六根清浄』の概念を形成しているようです。

実際、
『六根清浄』の概念は、
『般若心経』などのお経にも登場しますし、
神道における『祝詞(のりと)』にも登場します。

その1つが・・・・・

『六根清浄大祓(ろっこんしょうじょうのおおはらい)

 天照皇太神の宣はく 
 あまてらします すめおおがみの のたまわく

 人は則ち 天下の神物なり 
 ひとはすなわち あめがしたの みたまものなり

 須らく静謐掌る
 すべからく しづまることをつかさどる 

 心は則ち 神明の本主たり
 こころはすなわち かみと かみとの もとのあるじたり

 心神を傷ましむること莫れ 是の故に
 わがたましいを いたましむることなかれ このゆえに

 目に諸の不浄を見て 心に諸の不浄を見ず 
 めにもろもろの ふじょうをみて こころにもろもろの ふじょうをみず

 耳に諸の不浄を聞きて 心に諸の不浄を聞かず 
 みみにもろもろのふじょうをききて 
 こころにもろもろのふじょうをきかず

 鼻に諸の不浄を嗅ぎて 心に諸の不浄を嗅がず 
 はなにもろもろのふじょうをかぎて 
 こころにもろもろのふじょうをかがず

 口に諸の不浄を言いて 心に諸の不浄を言わず 
 くちにもろもろのふじょうをいいて 
 こころにもろもろのふじょうをいわず

 身に諸の不浄を触れて 心に諸の不浄を触れず 
 みにもろもろのふじょうをふれて こころにもろもろのふじょうをふれず

 意に諸の不浄を思ひて 
 こころにもろもろのふじょうをおもひて 

 心に諸の不浄を想はず 
 こころにもろもろのふじょうをおもはず

 此の時に清く潔き偈あり
 このときに きよく いさぎよき ことあり

 諸の法は影と像の如し 
 もろもろの のりは かげとかたちのごとし 

 清く潔ければ 仮にも穢るること無し 
 きよくきよければ かりにもけがるることなし 

 説を取らば得べからず 
 ことをとらば うべからず

 皆花よりぞ木実とは生る 
 みな はなよりぞ このみとはなる 

 我が身は則ち六根清浄なり 
 わがみはすなわち ろくこんしょうじょうなり

 六根清浄なるが故に五臓の神君安寧なり 
 ろくこんしょうじょうなるがゆえに ごぞうのしんくんあんねいなり

 五臓の神君安寧なるが故に天地の神と同根なり 
 ごぞうのしんくんあんねいなるがゆえに てんちのかみとどうこんなり

 天地の神と同根なるが故に万物の霊と同体なり 
 てんちのかみとどうこんなるがゆえに ばんぶつのれいとどうたいなり

 万物の霊と同体なるが故に 
 ばんぶつのれいとどうたいなるがゆえに

 為す所の願いとして成就せずといふことなし
 なすところのねがいとして じょうじゅせずということなし

 無上霊宝 神道加持
 むじょうれいほう しんどうかじ』


この祝詞、
少々長くて難解な点もありますが、
心と身体と魂の清浄(デトックス&クリーニング)のため・・・・・

● 自己暗示療法
● 自己催眠療法
● 自己心理療法
● イメージ療法


・・・・・の一環として唱えてみてもいいかもしれません。

ポイントは・・・・・
『私の身体、心、魂を傷めることがないように・・・・・

 ● 目に諸々の不浄を見ても、心に諸々の不浄を見ない。
 ● 耳に諸々の不浄を聞いても、心に諸々の不浄を聞かない。
 ● 鼻に諸々の不浄を嗅いでも、心に諸々の不浄を嗅がない。
 ● 口で諸々の不浄を言っても、 心に諸々の不浄を言わない。
 ● 身に諸々の不浄を触れても、心に諸々の不浄を触れない。 
 ● 意識で諸々の不浄を思っても、心に諸々の不浄を思わない。

 本来、私は清く潔いので、仮にも穢れることはない。
 
 私の六根は清浄なので、私の身体も健康です。』 


・・・・・の部分をしっかりとイメージすること。

祝詞の全文をまるまる暗記して
正確に唱えなければならないということはありませんので、
ご自分で自由にアレンジして活用してみてください・・・・・。



Posted by ゲゲゲのしげ爺 at 19:00│Comments(2)
この記事へのコメント
仏教も神道も、日本人の心に根付いていますね。
私の場合は、多久聖廟が身近にあったため、
子供のころから「親に孝行」などと、
孔子の教え「儒教」が加わります。

仏教、神道、儒教…他の宗教も、
心が弱い人間のよりどころだと思います。

心が強い人が羨ましいと思う時もありますが、
「心が強い=我が強い」方もおられるので、
私とは別世界の方だと思い、波長が合わないようです。
Posted by テレコムOAうっちゃん at 2011年06月23日 22:57
うっちゃんさん、おはようございます。

私も「我の強い」方は
苦手です・・・・・。(汗)
Posted by ゲゲゲのしげ爺ゲゲゲのしげ爺 at 2011年06月24日 08:53
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