2009年08月16日
子は預かりもの
昨日は、娘(長女)の誕生日でした。
長女は小学校4年生。
今年で10歳になります。
10年前、娘が誕生する時、
矢山クリニックはまだこの世に存在しておらず、
私は別の病院に勤めていました。
お盆とはいえ、診療は普通に行われていたので、
よく妻のお腹に向かって・・・
『お父さんが休みの時に産まれなさい・・・!!』
・・・と言い聞かせていました。
その甲斐もあってか(?)、
14日の夜に産気づき、休みだった15日の早朝に誕生しました。
(ちなみに次女は私の言うことは全く無視。
平日に産まれました。
産まれる時からマイペースな娘です・・・。)
長女は、ある意味難産でした。
妊娠初期には切迫流産、
妊娠中期~後期にかけては切迫早産で、
妻は一時期、半年ほど
実家でほとんど寝たきりの状態で日々を過ごしていました。
『あんでるせん』のマスター、久村俊英氏のお言葉や、
この頃読んでいた数々の著書、
中でも飯田史彦先生の『生きがいの創造』などを励みに、
妻もよくがんばりました。
そんなある日、
仕事から実家に帰ってきた際、
妻が寝ているお座敷に飾られている
仏像のお顔に、私はふと目が留まりました。
『おっ、弥勒(みろく)菩薩さまか・・・。
そうだ・・・!!
この子の名前は、弥勒菩薩のご加護が得られるよう、
〇〇とつけよう・・・。』
長女の名前は、実は弥勒菩薩が由来です。
お蔭さまで、長女は無事この世に誕生することができました。
『子は親のかすがい』
『子どもは天からの授かりもの』
・・・とよく申しますが・・・
長女は小学校4年生。
今年で10歳になります。
10年前、娘が誕生する時、
矢山クリニックはまだこの世に存在しておらず、
私は別の病院に勤めていました。
お盆とはいえ、診療は普通に行われていたので、
よく妻のお腹に向かって・・・
『お父さんが休みの時に産まれなさい・・・!!』
・・・と言い聞かせていました。
その甲斐もあってか(?)、
14日の夜に産気づき、休みだった15日の早朝に誕生しました。
(ちなみに次女は私の言うことは全く無視。
平日に産まれました。
産まれる時からマイペースな娘です・・・。)
長女は、ある意味難産でした。
妊娠初期には切迫流産、
妊娠中期~後期にかけては切迫早産で、
妻は一時期、半年ほど
実家でほとんど寝たきりの状態で日々を過ごしていました。
『あんでるせん』のマスター、久村俊英氏のお言葉や、
この頃読んでいた数々の著書、
中でも飯田史彦先生の『生きがいの創造』などを励みに、
妻もよくがんばりました。
そんなある日、
仕事から実家に帰ってきた際、
妻が寝ているお座敷に飾られている
仏像のお顔に、私はふと目が留まりました。
『おっ、弥勒(みろく)菩薩さまか・・・。
そうだ・・・!!
この子の名前は、弥勒菩薩のご加護が得られるよう、
〇〇とつけよう・・・。』
長女の名前は、実は弥勒菩薩が由来です。
お蔭さまで、長女は無事この世に誕生することができました。
『子は親のかすがい』
『子どもは天からの授かりもの』
・・・とよく申しますが・・・
ある地域においては・・・
『子どもは天からの預かりもの』
・・・と言い伝えられているのだそうです。
子どもは『授かりもの』ではなくて、『預かりもの』・・・。
子どもは、
生命は自分のものではなくて、天のもの。
毎年、娘の誕生日の度にそのことを思い出し、
『預かったこの命をしっかりと育て上げねば・・・・。』
・・・なんてことを考えます。
(でも実際は、どうも親の方が子どもに教えられたり、
育てられたりしているみたいなんですが・・・。)
『子どもは天からの預かりもの』
・・・と言い伝えられているのだそうです。
子どもは『授かりもの』ではなくて、『預かりもの』・・・。
子どもは、
生命は自分のものではなくて、天のもの。
毎年、娘の誕生日の度にそのことを思い出し、
『預かったこの命をしっかりと育て上げねば・・・・。』
・・・なんてことを考えます。
(でも実際は、どうも親の方が子どもに教えられたり、
育てられたりしているみたいなんですが・・・。)
Posted by ゲゲゲのしげ爺 at 19:00│Comments(0)
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